「猫に芸なんて無理」。そう思っている方は多いかもしれません。けれど実際には、おすわり、ハイタッチ、名前を呼んだら来る、自分からキャリーに入る、といったことを覚える猫はたくさんいます。犬のように飼い主を喜ばせるためではなく、「こうすると良いことがある」と理解すれば、猫も自分から行動するようになるのです。
トレーニングは、単に芸を楽しむためだけのものではありません。キャリーに入る、体を触らせる、呼んだら来るといった行動を覚えておくと、通院や爪切り、災害時の避難がずっと楽になります。そして何より、トレーニングの時間は猫と飼い主が向き合う楽しいコミュニケーションの時間になります。
この記事では、叱らずにほめて教えるポジティブトレーニングの考え方から、クリッカーの使い方、すべての基礎となるターゲットトレーニング、おすわり・ハイタッチ・おいで・ハウスの教え方まで、図と表でステップごとに解説します。
この記事の結論
- 猫は「この行動をすると良いことがある」と学べば、芸や生活に役立つ行動を覚えられます
- クリッカーの「カチッ」で正解の瞬間を伝え、すぐにおやつをあげるのが基本です
- 最初にターゲット(棒の先)に鼻でタッチを教えると、ほかのコマンドが覚えやすくなります
- 1回の練習は3〜5分。猫が飽きる前に、成功で終わらせるのがコツです
猫もトレーニングできる?犬との違い
猫がトレーニングを覚えられるのは、「ある行動をした直後に良いことが起きると、その行動が増える」という学習の仕組みがあるからです。ごはんの時間に食器の前で待つ、缶詰を開ける音で台所に走ってくる。これらも、猫が経験から学んだ結果です。
犬との大きな違いは、動機です。犬は飼い主にほめられること自体を喜び、人と一緒に何かをすることが好きな動物です。一方、猫は「自分にとって得があるか」で行動を決めます。そのため、猫のトレーニングでは、その猫が本当に喜ぶごほうびを用意し、楽しく、短く行うことが成功のカギになります。
また、猫は叱られることで学ぶのがとても苦手です。失敗したときに叱ると、トレーニングそのものを嫌いになり、飼い主を避けるようになってしまいます。できなかったときは何もせず、できたときだけほめる。この「ポジティブトレーニング」が、猫にとって最も効果的で、信頼関係も深まる方法です。
猫の性格によっても、向き不向きがあります。食いしん坊で好奇心旺盛な猫は、トレーニングにすぐ夢中になることが多い一方、臆病な猫や警戒心の強い猫は、慣れるまで時間がかかります。そうした猫には、まず飼い主のそばでおやつをもらうことに慣れてもらい、安心できる関係を作ってから始めましょう。
年齢も関係ありません。子猫は覚えるのが早いですが、成猫やシニア猫でも十分にトレーニングはできます。むしろ、運動量が減りがちなシニア猫にとっては、頭と体を使う良い刺激にもなります。叱らないしつけの基本については「猫のしつけは叱ると逆効果!失敗しない褒め方・叱り方」でも詳しく解説しています。
始める前に準備すること
トレーニングを始める前に、次の4つを準備しておきましょう。準備が整っていると、猫も飼い主もスムーズに取り組めます。
| 準備するもの | ポイント |
|---|---|
| ごほうび | 猫が大好きなおやつを、小指の先ほどに小さく切る。ペースト状のおやつならスプーンや指先で少しずつなめさせる |
| 場所 | 静かで気が散らない部屋。テレビや来客のない時間帯を選ぶ |
| タイミング | ごはんの前など、少しお腹が空いているとき。満腹直後はやる気が出にくい |
| 道具 | クリッカー(なくても可)、ターゲット用の棒(菜箸の先に丸い物を付けたものなど) |
ごほうびのおやつは、1日に与えるカロリーの10%を超えないように注意しましょう。トレーニングの日は、ふだんのごはんを少し減らしたり、ドライフードの一部をごほうびに使ったりすると、食べすぎを防げます。
練習を始める前に、家族で合図の言葉とハンドサインを決めておくことも大切です。ある人は「おすわり」、別の人は「すわれ」と言うと、猫はどちらが正しいのかわかりません。言葉は短く、はっきりしたものを選び、家族全員で同じものを使いましょう。
また、トレーニングは猫の体調が良いときに行ってください。元気がない日や、動物病院に行った後など、猫がストレスを感じている日は無理をせず、お休みにしましょう。
クリッカーの仕組みと「チャージング」
クリッカーは、ボタンを押すと「カチッ」という短い音が鳴る小さな道具です。この音を「今の行動が正解だよ」という合図として使うのが、クリッカートレーニングです。
おやつを手渡すには、どうしても1〜2秒の時間がかかります。その間に猫が別の行動をしてしまうと、何をほめられたのかが伝わりにくくなります。クリッカーなら、正解の「瞬間」をぴったり伝えられるため、猫が行動と結果を結びつけやすくなるのです。

最初にやるのが「チャージング」です。猫の前でカチッと鳴らし、すぐにおやつをあげる。これを10〜20回ほど繰り返すと、猫は「カチッが鳴ると良いことがある」と覚えます。猫が音を聞いて、期待するようにこちらを見るようになれば準備完了です。
クリッカーの音に驚く猫もいます。その場合は、ポケットの中で鳴らして音を小さくする、ボールペンのノック音で代用する、といった工夫をしてみてください。クリッカーがなくても、「いい子」など短く決まった言葉を合図にすれば、同じようにトレーニングできます。
大切なルールは2つです。鳴らしたら必ずごほうびをあげること、そしてクリッカーを呼び出しなどほかの目的に使わないことです。音の意味がぶれると、猫は混乱してしまいます。
すべての基礎「ターゲットトレーニング」
ターゲットトレーニングは、棒の先などの「目印(ターゲット)」に鼻でタッチすることを教えるトレーニングです。シンプルですが、これを覚えると、ターゲットを動かして猫を好きな場所へ誘導できるようになり、ほかの多くのトレーニングの土台になります。

具体的な手順は次のとおりです。
- ターゲットを猫の鼻先、数センチのところに差し出す
- 猫がにおいを嗅ごうとして鼻が触れた瞬間に、カチッと鳴らしておやつ
- 何度か繰り返し、猫が自分から鼻でタッチするようになったら、ターゲットを少し横や上に動かす
- だんだん離れた場所に出し、猫が歩いて近づいてタッチしたらカチッ+おやつ
ターゲットを出したら、猫が自分から近づいてくるのを待つのがポイントです。ターゲットを猫の鼻に押し付けてしまうと、猫は自分で行動したことになりません。「自分が動いたら良いことがあった」という経験が、学習を進めてくれます。
ターゲットに慣れてきたら、キャリーの中、体重計の上、キャットタワーの台など、いろいろな場所に誘導してみましょう。通院や健康チェックのときに、とても役立ちます。
「おすわり」の教え方
おすわりは、猫に教えやすいコマンドの一つです。ドアを開ける前や、ごはんを出す前におすわりができると、足元にまとわりつかれることも減り、生活がぐっと楽になります。
- 猫が立っているとき、鼻先におやつやターゲットを持っていく
- そのまま、おやつをゆっくり猫の頭の後ろ方向へ動かす
- 猫がおやつを目で追って顔を上げると、自然にお尻が床につく
- お尻がついた瞬間にカチッ+おやつ
- 慣れてきたら、お尻がつく直前に「おすわり」と言葉をかける
おやつを高く上げすぎると、猫が立ち上がってしまいます。猫の頭の少し上を、後ろにすべらせるように動かすのがコツです。うまくいかないときは、猫が自然に座った瞬間を見逃さずにカチッと鳴らす方法でも覚えられます。
おすわりができるようになったら、座ったまま少し待つ「待て」に進むこともできます。座ってから1秒待ってカチッ、次は2秒、3秒と、少しずつ待つ時間を延ばしていきます。ごはんの器を置くまで待てるようになると、食事の準備中に足元でせかされることがなくなります。
何度か成功したら、おやつを持たずに同じ手の動きだけでおすわりできるか試してみましょう。手の動きがそのままハンドサインになります。最終的には、言葉だけ、またはハンドサインだけで座れるようになれば完成です。
「ハイタッチ」の教え方
ハイタッチは、猫が前足で飼い主の手にタッチする芸です。見た目がかわいいだけでなく、前足を触られることに慣れる練習にもなるため、爪切りが苦手な猫にもおすすめです。
- 猫をおすわりさせる
- おやつを握った手を、猫の前足の少し上あたりに差し出す
- 猫がおやつを取ろうと前足を上げたら、その瞬間にカチッ+おやつ
- 前足が手に触れたときだけクリックするように、少しずつ条件を上げる
- 手のひらを開いて差し出し、前足でタッチしたらカチッ+おやつ。「タッチ」と言葉を添える
ハイタッチができるようになったら、左右の前足で別々の合図を教えたり、手の位置を高くして「バンザイ」のように両足を上げさせたりと、少しずつ応用することもできます。猫が楽しんでいる様子なら、新しい芸に挑戦してみるのも良い刺激になります。
前足を上げるのが苦手な猫は、最初はほんの少し足が浮いただけでもクリックしてあげましょう。いきなり完成形を求めず、小さな成功を積み重ねるのがトレーニングのコツです。
「おいで」(呼び戻し)の教え方
名前を呼んだら飼い主のところへ来る「おいで」は、日常生活だけでなく、脱走や災害のときにも猫の安全を守る大切な行動です。
- 猫がすぐ近くにいるときに、名前を呼ぶ(または「おいで」と言う)
- こちらを見たり、近づいてきたりしたらカチッ+おやつ
- 少しずつ距離を離し、別の部屋から呼んでも来るように練習する
呼び戻しで大切なのは、「呼ばれて行くと、必ず良いことがある」と猫に思ってもらうことです。爪切りや薬、キャリーに入れるときなど、猫にとって嫌なことをする前に名前を呼ぶのは避けましょう。呼ぶと嫌なことが起きると学ぶと、猫は呼んでも来なくなってしまいます。詳しい練習方法は「名前を呼んだら来る猫にする方法」で紹介しています。
「ハウス」(キャリーに入る)の教え方
キャリーに自分から入れるようになると、通院や避難のストレスが大きく減ります。ターゲットトレーニングを覚えていると、スムーズに進められます。
- キャリーの扉を開けたまま部屋に置き、中におやつを入れて自由に出入りさせる
- ターゲットをキャリーの入り口に出し、猫がタッチしたらカチッ+おやつ
- ターゲットを少しずつ奥に入れ、体が全部入ったらカチッ+おやつ
- 入ったら「ハウス」と言葉を添え、中で少し待てたらごほうび
- 慣れたら、扉を数秒閉めてすぐ開ける練習を加える
いきなり扉を閉めて連れ出すと、せっかくの練習が台なしになります。キャリーは「動物病院に行く道具」ではなく「安心できる場所」と思ってもらえるよう、ふだんから中で寝たりおやつを食べたりできるようにしておきましょう。キャリー嫌いの直し方は「猫がキャリーを嫌がって病院に行けない!慣れさせる練習法」で詳しく解説しています。
教えやすいコマンドと難易度の目安
猫に教えやすいコマンドを、難易度と習得までの目安で整理しました。やさしいものから順番に、1つずつ覚えていくのがおすすめです。

習得までの期間は、猫の性格や年齢、練習の頻度によって大きく変わります。表の期間より早く覚える猫もいれば、何倍もかかる猫もいます。ほかの猫と比べず、愛猫のペースを大切にしてください。
一度覚えたことも、しばらく練習しないと忘れてしまうことがあります。新しいコマンドを教えているときも、ときどき前に覚えたコマンドを復習して、成功体験を積ませてあげましょう。
医療ケアに慣れる練習(ハズバンダリートレーニング)
トレーニングの考え方は、芸だけでなく、猫の健康管理にも役立ちます。体を触られる、口を開けられる、爪を切られるといった、猫が苦手なお世話に少しずつ慣らしていく練習を「ハズバンダリートレーニング」といいます。
- 体を触る:耳、口、足先、お腹、しっぽに短く触れて、すぐカチッ+おやつ
- 口を開ける:唇をめくって歯ぐきを見る。歯みがきの準備になる
- 爪を出す:肉球を押して爪を出したらカチッ+おやつ
- 体重計に乗る:ターゲットで誘導し、乗れたらごほうび
- 薬の練習:空の投薬器や、ペーストおやつを使って口に入れることに慣らす
こうした練習を元気なうちから少しずつ続けておくと、病気になったときの投薬や、シニア期のお世話が格段に楽になります。爪切りの慣らし方は「爪切りを嫌がる猫でも大丈夫!暴れない切り方」、歯みがきは「嫌がる猫でもできる歯磨きとデンタルケア」でも紹介しています。
うまくいかないときのよくある失敗と対策
トレーニングがうまく進まないときは、次のような原因がないか確認してみましょう。
| よくある失敗 | 原因 | 対策 |
|---|---|---|
| 猫がすぐに飽きてしまう | 練習が長い、ごほうびが魅力的でない | 1回3〜5分で終える。特別なおやつを使う |
| クリックの意味が伝わらない | チャージングが足りない、鳴らすのが遅い | チャージングからやり直す。行動の瞬間に鳴らす |
| 急に難しくして失敗が続く | ステップを飛ばしている | 1つ前の段階に戻り、成功で終わる |
| おやつを見せないとやらない | おやつを誘導に使いすぎている | ハンドサインに切り替え、ごほうびは後から出す |
| 家族によって反応が違う | 合図の言葉やサインがばらばら | 家族で言葉とサインをそろえる |
いちばん大切なのは、猫がトレーニングを「楽しい時間」と感じていることです。猫がそっぽを向いたり、その場から離れたりしたら、その日はそこで終わりにしましょう。最後は必ず、猫が簡単にできることをさせて、成功で締めくくるのがコツです。
トレーニングを長続きさせる5つのコツ
猫のトレーニングは、一度に長くやるより、少しずつ長く続けることが上達への近道です。飼い主も猫も楽しく続けられるよう、次のコツを意識してみてください。
- 時間を決めて習慣にする:ごはんの前の5分など、毎日だいたい同じ時間に行うと、猫も「楽しい時間が来た」と期待するようになります
- 1回に教えることは1つだけ:新しいコマンドを同時にいくつも教えると、猫が混乱します。1つが安定してから次へ進みましょう
- 成功率8割を保つ:失敗が続くと、猫はやる気をなくします。10回中8回は成功できる難しさに調整し、うまくいかなければ一段階やさしくします
- 記録をつける:その日に練習したことと、できたことをメモしておくと、上達が目に見えて、飼い主のやる気も続きます
- 生活の中で使う:覚えたおすわりを、ごはんの前やドアを開ける前に取り入れると、トレーニングが自然に日常の一部になります
トレーニングのごほうびは、慣れてきたら毎回あげなくてもかまいません。できたときに、ときどき特別なおやつをあげるようにすると、猫は「今度こそもらえるかも」と、かえって熱心に取り組むようになることがあります。ただし、新しいことを教えている間は、毎回ごほうびをあげるのが基本です。
そして何より、飼い主自身が楽しむことが大切です。うまくいかない日があっても、猫と一緒に過ごす時間そのものが、信頼関係を深めてくれています。できたことを数えて、愛猫と一緒に小さな成長を喜びましょう。
猫のトレーニングについてよくある質問
-
Q何歳からでもトレーニングできますか?
-
Aできます。子猫は覚えるのが早いですが、成猫やシニア猫でも十分に学べます。シニア猫には、体に負担の少ないターゲットタッチやハイタッチがおすすめです。頭を使う刺激が、心と体の健康維持にもつながります。
-
Qおやつをあまり喜ばない猫はどうすればいいですか?
-
Aいろいろな種類を試して、その猫がいちばん喜ぶものを探してみましょう。ペースト状のおやつや、ゆでた鶏のささみを小さくちぎったものに反応する猫も多いです。食べ物よりも、じゃらしでの遊びやなでられることを喜ぶ猫なら、それをごほうびにしてもかまいません。
-
Q1日に何回練習すればいいですか?
-
A1回3〜5分を、1日1〜3回が目安です。長く1回やるより、短い時間を何回かに分けるほうが、猫は集中しやすく覚えも早くなります。毎日でなくても、続けることが大切です。
-
Q多頭飼いでもトレーニングできますか?
-
Aできます。練習は1匹ずつ、ほかの猫がいない部屋で行うと集中しやすくなります。ごほうびの取り合いがケンカにつながらないよう、別々の時間に練習しましょう。
まとめ:トレーニングは猫との楽しい会話の時間
猫のトレーニングは、叱らず、ほめて、短く楽しく行うことで、どんな猫でも少しずつ上達していきます。そして、覚えた行動は、通院や爪切り、災害時の避難など、猫の暮らしを守る力にもなります。
- 猫は「良いことがある」とわかれば、自分から行動を覚える
- クリッカーの「カチッ」で正解の瞬間を伝え、必ずおやつをあげる
- 最初にターゲットタッチを教えると、ほかのコマンドが覚えやすい
- おすわり→ハイタッチ→おいで→ハウスの順に、やさしいものから
- 1回3〜5分。猫が飽きる前に、成功で終わらせる
- 体を触る練習を続けて、医療ケアに備える
まずは今日、クリッカーかボールペンを用意して、「カチッ→おやつ」を10回繰り返すところから始めてみてください。愛猫の目がきらりと輝いたら、それがトレーニングのはじまりです。

